好きなものを好きなように
どうもこんにちはリョウマツモトです。
今日のテーマは僕が服を着る上でもっとも大切にしている価値観についてです。
タイトルでネタバレしておりますが笑
「好きなものを好きなように」
これこそが僕が掲げる鉄則・セオリーですね。なんかあってないような鉄則ですが、意外にこれを実行できている人は少ないのではと思います。
もうね、みんな色々気にしすぎ。
服を着る=生き方
そもそも僕の考え方として、服を着るというのはどういう生き方をするのか選択することと同義だと思ってるんです。まあ毎朝「今日はこんな生き方したいから、この服を着るぞ!」とかいうふうには考えてませんよ。笑 結局のところ、という話です。
極端な例を挙げますと、人の目ばかり気にして服を着ている人は、人の目ばかりを気にした生き方をしているし、自分の意思で服を着ている人は、自分の意思決定の下に生きていると思っております。コーディネートがどうこうやブランドがどうこうというのはあくまで表面的なことです。それにファッションに興味があるとかないとかそういったことともまた別の話です。
ファッションに正解も不正解もない
世の中には服の着方にルールを設けようとしたり、他人の服装に文句をいう連中が一定数いますね。皆さんも一度は遭遇したことがあるでしょう。
「コーディネートは3色以内に抑えましょう」
「これとこれは相性が悪い」「カジュアルとドレッシーの割合は〜〜」などなど。
こういうこと言い出すとファッションに正解と不正解ができてしまう。本来はそんなものないはずなのに。こうなってくると一気にファッションは難しく、退屈なものになってしまうと思うんですよ。 今の日本の教育みたいですよね笑 正解のみを求める。正解以外は全部間違いだ。みたいな。
でもここでよくよく考えてください。僕の上記の考え方に照らし合わせると、服を着る=生き方な訳で、ファッションにルールや正解・不正解を設けるのであれば生き方にもルールや正解・不正解を設けることと同じことなんですよ。まあ少し極端ですが。
生き方にルールなんてありますか?正解・不正解なんてありますか?
そんなもんないですよ。断じて。
僕は人様に迷惑をかけなければ、人の道を外さなければ、何をしてもいいのが人生であり、人間の生き方だと思っています。「これはしてはいけない」はあるかもしれませんが、「こうしなさい」はないんですよ。
だから服の着方・ファッションにルールなんてありません。好きなものを好きなように着たらいいんですよ。(もちろんTPOは考えなきゃいけないですよ。それは大前提として)
それを変なルールを定義する人たちがいるから、逆に苦しくなるんじゃないですか。本来は考えなくていいことを考えなきゃならなくなるんじゃないですか。ルールを作るからルール違反が生まれるのと同じです。
だから僕はファッション評論家みたいな人が嫌いです。ドン小西とか。老害。
なんの権利があって人の服装にあーだこーだ言ってんだよ。と思ってしまいますね。自分の意見を言うならいいと思いますよ。「私は〜と思います」みたいに。
でも評論家は「このコーディネートは73点ですね。ここがダメです。」みたいな文脈で話す訳じゃないですか。あたかも一般論・常識みたいに。ああいう奴がいるからつまらなくなる。
なんでもかんでも正解を作ろうとするなよと思いますね。本人が好きなものを好きなように着ていて、本人がハッピーならそれが一番じゃないんですかね。
そういう意味でいうと、もし僕と一緒に買い物行ってもくそ役に立たないと思いますよ。笑
「自分がいいと思うんならいいんじゃない?」しか言いませんからね。でも本質的にはそうでしょう?
服を着る=生き方 な以上、主語は常に「自分」でいいんですよ。「誰か」を主語に考える必要はありません。だってあなたの人生でしょう??
だから何度も言いますが、「好きなものを好きなように」これがファッションにおける唯一の鉄則です。
まあかなり強めの論調で書きましたが、意見を求められたらそれはお答えしますよ。もちろん。でも僕の意見は全人類分の1の僕の意見です。正解とかではないです。ただの主観です。そこは大前提としてありますよ。
今回は僕の根底にある価値観について書きました。
「結局、お前も自分の価値観押し付けてんじゃねーか」という矛盾に気付いたあなた。鋭い!確かに矛盾しているかもしれませんね。笑
でもこの世は矛盾だらけなんですよ。そういうもんだと思ってそこは黙っててください。
ではまた。